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エネルギー放出が減少した社会の表現(1)

Vol.19-24

2026年02月03日

エネルギー放出が減少した社会の表現(1)

エネルギー放出が減少した社会の表現(1)

第1章では4つの例(歌の歌詞、中学生の数学、高校生の数学、アインシュタインの特殊相対性理論)を挙げて、形の見えない真実と形のある表現の関係を説明した。
第2章では異質なものの接触がエネルギーを放出するという真実を水の混合と電荷の混合を例にして説明した。
第3章では、この知識を社会現象に当てはめてみて、社会現象を説明できないかを試みてみる。

社会を構成する人も動物である。動物には欲が自然に備わっている。生きるためには食欲が備わっているし、生存本能もある。種の保存欲も自然にあり、金銭欲もあるから出世欲もある。もちろん性格の違いもあり欲のない人、低い人もいる。人と比較してもっと良いものを欲しがる人は羨望やジェラシーを抱く。

高校生になり、勉強のよくできる人がいた。羨ましく思った。人が生活する社会では差が生まれるとそれに対応した欲や感情が生まれる。心に生まれる欲は2章で述べたエネルギーに相当するものだと仮定すれば、差が大きければ大きいほど発生する欲エネルギーは大きい。
2章で述べた水の温度差や電荷が作り出す電圧差は測定できるものなので、差が数字で表現される。人の社会の差は認識できるが、数字で大きさを表現できない。しかし、世の中には指標で表現されるものもある。テストの点数などはその一つだ。 
仮に、すべてが平等になり、平和になりすぎ、食料にも困らず、羨む生活レベルの差もなく、あこがれもなく、病気の心配や体の不自由もなく、差が無くなれば、争うこともなく、精神的ストレスもなく、恋愛もなく、人は頑張るものが無くなる。
欲がなければ、頑張らない。人の進化も起きなかったかも知れない。全員が無試験で大学に入れば、差を測らなければ受験勉強もないだろう(勉強や芸術の創造は試験があるからやるものではないと思うが)。
こう考えると、心のエネルギーとなる欲は差があるほうが強まる。差が大きいと欲求も羨望も強い。
異質なものが接触するとエネルギーを放出するということを第2章で説明した。そのエネルギーは物理的なエネルギーだった。
異質なものは物理的なものに限らないとしよう。精神や文化、経済、知識、教養、体格や運動能力、貧富の差にも当てはまるとして、放出する心のエネルギーの欲を仮に推定して表3-1にしてみた。

表3-1 社会に生まれる差と差が生み出す心のエネルギーの仮説

表3-1 社会に生まれる差と差が生み出す心のエネルギーの仮説

以上は私が思いついた感情や欲求のエネルギーの身近な例であるので、多情多感の人はもっと良い例を思いつくだろう。
差があって、接触してそれを感じれば、エネルギーを放出するという社会モデルを仮に設定してみたけれど、2章で述べた異質なものの接触がエネルギーを放出するという物理によく当てはまると思っている。
目に見えない感情のエネルギーの存在を真実とすれば、その真実に対応した表現があるはずである。第1章で説明したように、真実は表現される。大きさや形があるもので表現されるからだ。

仮説を分かりやすくするために、身近な経験を例に挙げてみる。
人の感情のエネルギーが形や数字で表現される例を考えてみた。自分の感情エネルギーや欲求の表現は、自覚できるし、自覚すれば1対1で自覚できる。

身近な例はテストである。テストで良い点数を取りたいという欲求があれば勉強する。勉強すれば、テストの点数は良くなる。点数が良くなれば、成績の準位は上がるので、目に見えない感情が目に見えるものに表現される。
具体的な経験がある。私が高校1年のとき、群を抜いて成績の良い人が二人いた。その二人は北海道の余市郡の中では特別な二人だった。二人の優秀さは中学校の時から聞いていた。二人が入学した余市高校に私も入学した。二人との成績の差は比較にならないくらい大きかった。私は30番くらいの成績で二人は遠い存在だった。
大学に進学することになり、高校2年になるとき、360名の生徒のうち大学進学する生徒が一つのクラスに集められるクラス編成というのがあった。その二人と同じクラスになり、顔が見えた。
ここで質の違う二人と接触することになった。この接触が追いつきたいという心のエネルギーを生んだ。
国語と英語で満点を取る二人に追いつくために勉強した。国語はほとんど点数のとれない科目だったので、もっぱら英語を勉強した。
2年生の夏休みの終わりの模擬テストがあり、国語が易しい出題だったことで苦手科目の点数差がなくなった。結果として総合点で二人に追いついた。
異質の二人と接触したことが欲エネルギーを生み出すという真実が、テストの点数に表現されて、それが大学進学という人生の岐路として表現された。
この例は物理的な異質の接触異質な人との接触が対応するという仮説を肯定させる例だと思ったので取り上げた。

以上を念頭にすれば、異質が心のエネルギーを作るという真実表現の関係はもっと大きな集団にも当てはまるに違いないとして、社会現象の考察を進めてみたい。

次の3つの表現は、何かしら複雑で原因が不明瞭な日本の社会現象である。これらを作り出している社会の内部に見えない真実があるに違いない。
真実を仮に設定して、説明できるかどうか考察してみる。

表現1 伸びないGDP
表現2 減少する人口
表現3 伸びない消費と増える金融貯蓄という財産

これらの現象は、大きさや量が数字で表現されている(データのあるカウンタブルな)現象である。図や形、数で表現されるデータがある。この表現に対応した真実があるはずだ。真実に形は無いが、存在しているはずである。
対応する真実が共通しているとは限らない。しかし、それら表現に共通する真実があると仮定してみる。それが見つかれば共通する一つの真実とみなせる。真実を強く推測させる分かりやすい表現もあるであろう。関係を説明できれば、探していた真実としてもいいだろう。

仮に設定する真実は、「日本人の心のエネルギー総和の減少」だと私は直感的に考えている。
心エネルギーが何かと言えば、その中に貪欲や物欲、食欲、結婚欲、性欲、出世欲、名誉欲、羨望、など、さまざまの「心の」が当てはまりそうだ。そのエネルギー総和の減少が社会現象を作り出していると仮定して、この関係を図3-1に示した。

図3-1 心エネルギーの減少という真実と表現の関係

図3-1 心エネルギーの減少という真実と表現の関係

[ Author : Y. F. ]

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